高松高等裁判所 昭和30年(ネ)14号 判決 1959年4月27日
控訴人 被告 松原繁利
訴訟代理人 佐伯源
被控訴人 原告 株式会社四国銀行 代表者取締役 山本豊吉
訴訟代理人 今井源良
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は原判決を取り消す被控訴人の請求を棄却する訴訟費用は第一審第二審共被控訴人の負担とするとの判決を求め被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述は
被控訴代理人において、
(一) 本件手形振出の事情は次の通りである。
(1) 昭和二十四年九月五日神戸市に在る売主兵庫食品株式会社より訴外山内義利宛に金九十九万六百円の荷為替手形の取組がなされ、その手形に附帯せられた貨物引換証記載の物件は鯣であつた。そして右荷為替手形の取組銀行は株式会社三和銀行神戸支店であつて、その手形は手形支払地である松山市にある被控訴銀行の松山支店を以て支払場所としていた。そして訴外昭栄物産株式会社(訴外山内義利はその専務取締役である)は当時被控訴銀行との取引上同銀行松山支店に対して多大の債務を負担し、その結果松山手形交換所において手形の不渡処分を受け、これがため各銀行との取引停止となつていたため右荷為替手形の支払人であつた訴外山内義利は自己個人の名前で鯣その他の商品の売買を為していたものである。そして右鯣はその品質が粗悪であつたため、買主山内義利は前記売主兵庫県合同食品株式会社に対して代金減額の交渉をなしたところ、売主またその粗悪なことを認めて代金減額を承諾し、右荷為替手形の額面金額九十九万六百円を金六十七万四千六百円に減額することに合意した。すなわち代金中金三十一万六千円を減額したものである。
右売買当事者間の代金減額合意の結果昭和二十四年九月八日ごろ荷為替銀行である三和銀行神戸支店より荷為替手形取立受任銀行である被控訴銀行の松山支店に対し手形金額中金六十七万四千六百円を訴外山内義利(手形支払人)が支払うときは荷為替手形に附帯していた貨物引換証を同人に交付すべき旨の通知をしてきた。
(2) しかるに荷受人山内義利は右減額せる手形金六十七万四千六百円の資金調達ができず、被控訴銀行の松山支店に荷受の方法を講ぜられたい旨懇請してきたので、被控訴銀行の松山支店長はその方法として、
(イ) 現金二万四千六百円は訴外山内義利の手許よりその所有金を出させてこれを被控訴銀行松山支店の別段預金と為し、
(ロ) 金六十五万円は控訴人をして同額の小切手一通を発行せしめ、その支払期日その他の記載事項を白地と為したものを提出せしめ、
計金六十七万四千六百円と金額の面を値引せられた手形支払金額と一致せしめ、この現金と小切手とを担保として前記荷為替の貨物引換証を訴外山内義利に交付したところ、同訴外人はその後間もなく鯣の運送取扱人である日本通運株式会社松山支店より貨物引換証と引換に鯣を荷受した。
しかるに訴外山内義利はその鯣の売却換価に苦しみ、ついに値引せられた荷為替手形の支払を為すことができなかつたので、被控訴銀行の松山支店は同二十四年十一月二十一日前記別段預金二万四千六百円を以て為替手形金の一部に充当することとし、且つ同日控訴人の来店を求めて同人をして約束手形(甲第一号証)及び約定書(甲第二号証)並に手形取引約定書(甲第三号証)を作成せしめてこれを同人より取り入れ、もつて金六十五万円の貸出をなし、この金と前記二万四千六百円との合計金六十七万四千六百円をもつて値引せられた荷為替の支払を了したものである。
なお控訴人は訴外兵庫県合同食品株式会社より送付に係る鯣の荷受人は訴外昭栄物産株式会社であつて訴外山内義利でないと主張するも、荷為替手形の支払人は訴外山内義利である。そして荷為替手形の支払人とこれに附帯せしめている貨物引換証の受領名義人は常に必ずしも一致することを要するものではない。本件の荷為替の場合またこの類に属するものである。よつてこの点に関する控訴人の主張は失当である。
(二) 控訴人の各抗弁を否認する。殊に時効の抗弁に対して次のとおり主張する。
すなわち本件約束手形の共同振出によつて生じた手形上の債務については、控訴人に関する限り未だ時効は完成していないものである。その理由は次の通りである。
(1) 本件手形金の支払請求は昭和二十七年十一月二十八日の支払命令申立に始まり、同申立によつて発せられた支払命令正本は本件手形の支払期日である同二十四年十二月二十日から三年以内に控訴人に送達せられたのであるから、時効完成以前に控訴人に対しては訴訟提起のなされたものである。
(2) 約束手形の共同振出人はその所持人に対していわゆる合同責任を負う。そうして手形行為は各独立の行為で、各共同振出人は各個独立の振出に関する責任を負うものであつて、その間に民法上の連帯債務者のように負担部分がないから、手形の共同振出人の一人に対して債務の免除を為すも、またその一人の為に時効が完成するも、その債務者の負担部分につき他の債務者は免除または時効完成の利益に均霑することはない。したがつてたとえ訴外山内義利に対する本件手形上の権利が時効に因り消滅したとしても控訴人との関係においては未だ消滅しない。と補陳し、
控訴代理人において
(一) 被控訴人の当審における主張事実のうち控訴人従来の主張に反する部分を否認する。
(二) 抗弁として次のとおり主張する。
(1) 被控訴人主張の荷為替手形の荷受人は訴外山内義利ではなく、訴外昭栄物産株式会社である。荷為替の本質上為替手形の支払人は昭栄物産株式会社でなければならないので、その主張自体真実でない。本年取引(鯣)の当事者は右昭栄物産株式会社である。荷為替の取組銀行が株式会社三和銀行神戸支店であること、その支払地、支払場所は被控訴人主張の通りである。また訴外山内義利個人は当時なお銀行との取引があり、むしろ被控訴人主張の「松山手形交換所において不渡処分を受け」たのは訴外昭栄物産株式会社である。
本件手形は昭和二十四年十一月二十一日の振出日のころ振出されたものである。その以前同年九月五日株式会社三和銀行神戸支店より被控訴銀行に対し日本冷蔵庫より当時訴外山内義利が社長をしていた昭栄物産株式会社宛の貨物引換証及び振出人兵庫県合同食品株式会社、支払人昭栄物産株式会社、受取人株式会社三和銀行神戸支店の為替手形が荷為替として送付せられたものであつて、右荷為替はいわゆるD/P式で、手形金と引換でないと添付の貨物引換証を荷受人に引き渡してはならないものであつたのである。しかるに当時手形の支払人、荷受人である訴外昭栄物産株式会社が松山手形交換所で取引停止となつていたので、被控訴銀行は手形金と引換によらないで、しかも手形の支払人でもない訴外山内義利振出の約束手形(訴外仙波七五三が署名しているも、控訴人は署名していないもの)と引換で、前記荷為替に添付されていた貨物引換証を右訴外人に引き渡したのである。それ故にD/P式である荷為替につき、代金引換またはこれと同価値の支払手段でない、しかも手形交換所で取引停止になつている会社の重役個人の約束手形と引換に貨物引換証を引き渡したのは浮貸と同視せられるわけである。しかるに訴外山内義利は右目的物の鯣を受け取り、これを処分してその代金を受け取つたのであるが、被控訴銀行との約旨に反し差し入れた手形の手形金を支払わなかつた。それで被控訴銀行は苦慮の余り帳簿上の形式を整えんとして控訴人に対し甲第一号証につき保証人としての署名を求めたので、控訴人はこれを拒みつづけてきたけれども、再三に亘り被控訴銀行において迷惑をかけない旨を申し向けたので、ついに同年十一月二十一日これを信じて、手形債務を負担する意思なくして、甲第一、二、三号証に捺印したものである。
被控訴人の右訴外山内義利及び同仙波七五三振出の約束手形の振出の事情についての主張は明確を欠ぐのみならず、被控訴人主張のように既に九月八日貨物引換証と引換に控訴人発行の小切手が取り入れてあるとすれば訴外山内義利が鯣を処分してその代金を被控訴銀行に支払わないときは、右控訴人発行の小切手によりその宛名銀行から小切手金を受け取つて決済がつく筈であつて、小切手よりも不確実な支払手段である約束手形等をもつてこれに代える必要があるか、吾人の取引常識に反する次第であつて、その実偽を疑われるものである。この事実はむしろ控訴人及び訴外山内義利の主張のように貨物引換証は単に訴外山内義利及び仙波七五三のみの署名ある約束手形のみと引換に引き渡されたものとみるべきことを示すものである。控訴人は前記のように鯣の担保のある先の約束手形にさえ捺印を拒んできたのであるにかかわらず担保のない甲第一号証に捺印する筈はない。かりに控訴人の右手形に捺印したのは非真意の意思表示でないとするも、右は通謀による虚偽の意思表示であるから無効である。
(2) 以上が理由なしとするも、本件約束手形は第一審における控訴人主張事実三、に記載の事情並に右(1) に主張の事情により振り出されたものであるから、控訴人の右手形行為は被控訴人の詐欺に因つてなされたものである。それ故に本訴を以てこれを取り消す。よつて本訴請求は失当である。
(三) (イ) 仮りに控訴人が手形債務を負担する意思で本件約束手形を振り出したとするも、右は訴外山内義利の被控訴銀行に対する債務を保証するために、同訴外人において控訴人の記名をなしたものに捺印したものである。しかるに主債務者であつて本件手形の振出人である右訴外山内義利に対しては、該手形の支払期日である昭和二十四年十二月二十日以降一回も手形の呈示による支払の請求がなされたことなくして三年を経過したので、右訴外人の該手形債務は時効により消滅した。したがつて控訴人の保証債務も同日限り消滅し、これが支払義務はない。よつて右訴外人に対する時効を援用する。
(ロ) またかりに控訴人が振出人として訴外山内義利と共同して手形債務を負担する意思をもつて右約束手形に捺印したとするも共同振出人である訴外山内義利に対しては、本訴提起にかかわらず前同様支払期日後三年間一回も支払のために手形の呈示もなされず、もとより催告もなされたことがないから、右訴外人に対する被控訴銀行の本件手形債権は前同様の時効により消滅した。それ故に共同責任者としての控訴人もまた振出人としての被控訴銀行に対する手形債務を免れる筋合である。思うに手形行為独立の原則というは文言上「手形行為」と表現せられているように、手形行為そのものに関するもので、各手形行為中その前提行為が無能力、偽造等または実質的理由により有効でない場合でも、後続行為に影響がないというにとどまり、本件のように共同振出人の一人の手形債務が時効により消滅したような場合には右原則の適用はないものというべきである。手形法第四十七条第一項の「共同責任」の意義に関し、手形の共同振出人が連帯債務を負担することを否定し得ないことは明かである。(大正五、一二、六大審院判決、昭和一三、五、三同上参照)
要するに、本件手形の共同振出人の一人が他の振出人の消滅時効を援用しうるかどうかの問題である。時効援用者の範囲は「時効によつて直接に権利を取得しまたは義務を免かれる者及びその承継人に限る」のである。手形の共同振出人は各自共同して手形上の債務を負担すべき責任あり、手形上の保証人より以上に手形債務につき直接の関係にある。しかるに保証人が主債務者の時効を援用しうることは判例学説上異論のないところである。保証人より以上に問題の債務に直接的責任のある共同振出人間の一人が「時効により直接権利を取得しまたは義務を免かれる者」であることは否定し得ない。それ故に共同振出人の一人は他の振出人の時効を援用しうるものと解すべきである。よつて控訴人は右訴外人に対する時効を援用する。殊に前叙のような事情で負担部分のない控訴人においてなおさらこれを援用しうるものである。と補陳し
たほか原判決事実摘示と同一であるからこれを引用する。
立証として被控訴代理人は甲第一号証ないし第五号証、第六、七、九号証の各一、二、第八号証、第十号証ないし第十三号証を提出し、原審並に当審証人林茂雄、同吉岡博、原審証人中川[口兼]、当審証人森川重蔵の各証言を援用し、乙第一号証の成立を認め、第二号証は不知と答え、控訴代理人は乙第一、二号証を提出し、原審証人仙波七五三、同高原勇、同山内賢三、当審証人山内義利、同松原歓三郎の各証言及び原審並に当審における控訴本人の各供述を援用し、甲第一号証ないし第四号証の各成立を認め、第七、九号証の各一、二はいずれも被控訴銀行の帳簿であることを認めるが、その内容は不知、その余の甲号各証は不知と答えた。
理由
控訴人が訴外山内義利と共同して昭和二十四年十一月二十一日額面金六十五万円、支払期日同年十二月二十日、支払地、振出地共松山市、支払場所被控訴銀行松山支店、宛名人被控訴銀行の約束手形一通を振り出したこと並にそのころ被控訴人と控訴人との間に控訴人が支払期日に手形金の支払を怠つたときは、金百円につき一日金四銭の割合による遅延損害金を支払う旨の特約がなされたことはいずれも当事者間に争がない。
そこで以下控訴人の各抗弁について判断する。
(1) 控訴人は控訴人が右手形を振り出した経緯は原審における控訴人主張の抗弁事実一、並に当審における控訴人主張事実(二)(1) に主張の通りであるから控訴人の右手形振出行為は原因関係を欠ぐものである。かりにそうでないとしても控訴人は被控訴銀行の松山支店長であつた吉岡博の言を信じ、訴外山内義利の被控訴銀行に対する既存債務の支払を保証することを明かにする証拠としてこれを振り出したにとどまり、手形上の債務を負担する意思なくして振り出したものである。またかりにそうでないとしても、右手形行為は通謀による虚偽の意思表示であるから無効である。それ故に控訴人には手形上の責任はない。よつて本訴手形金の請求は失当である旨主張するので検討するに、原審証人山内賢三、同仙波七五三、当審証人山内義利の各証言及び原審並に当審における控訴本人の各供述中右手形振出の経緯についての控訴人の右主張事実に副うような部分があるけれども、後記認定事実を除く部分は、後記各資料に対比すればたやすく措信し難く、かえつていずれも成立に争のない甲第一号証ないし第四号証、及び甲第七、九号証の各一、二はいずれも被控訴銀行の帳簿であることは当事者間に争なく、その各内容については当審証人森川重蔵の証言によつてその成立の認められる甲第七、九号証の各一、二、右証人の証言によつていずれもその成立の認められる甲第五号証、第六号証の一、二、第八、十、十一、十二号証、弁論の全趣旨によつて各成立の認められる甲第十三号証、乙第二号証と原審証人仙波七五三、原審並に当審証人林茂雄、同吉岡博、当審証人山内義利、同森川重蔵の各証言の一部、原審並に当審における控訴本人の各供述の一部、原審証人中川[口兼]の証言に弁論の全趣旨を綜合すると、
(一) 昭和二十四年九月五日ごろ神戸市にある売主兵庫県合同食品株式会社より訴外山内義利個人(当時同人は訴外昭栄物産株式会社の代表取締役であつた)宛に金九十九万六百円の荷為替手形の取組がなされ、その手形に附帯せられた貨物引換証の物件は鯣で、その荷受人は右訴外山内義利個人であり、またその取組銀行は株式会社三和銀行神戸支店であつて、その手形は手形支払地である松山市にある被控訴銀行の松山支店を以て支払場所としていたこと、そして昭和二十四年春ごろ以来右訴外昭栄物産株式会社は被控訴銀行との取引上同銀行松山支店に対し多大の債務を負担し、その結果松山手形交換所において手形の不渡処分を受け、これがために各銀行との取引停止となつていたため、右荷為替手形の支払人であつた訴外山内義利は実質上自己個人の責任において鯣その他の商品の売買を為していたものであること、右鯣はその品質が粗悪であつたため、買主である右訴外山内義利は前記売主兵庫県合同食品株式会社に対して代金減額の交渉をなしたところ売主またその粗悪であることを認めて代金減額を承諾し、右荷為替手形の額面金額九十九万六百円を金六十七万四千六百円に減額することに合意し、すなわち右代金中金三十一万六千円を減額したこと、右売買当事者間の代金減額合意の結果昭和二十四年九月八日ごろ荷為替銀行である前記株式会社三和銀行神戸支店より荷為替手形取立受任銀行である被控訴銀行の松山支店に対し手形金額中金六十七万四千六百円を訴外山内義利(手形支払人)が支払うときは荷為替手形に附帯せられていた貨物引換証を同訴外人に交付すべき旨の通知をしたこと、
(二) しかるに右訴外山内義利は右減額せる手形金六十七万四千六百円の資金調達ができず、被控訴銀行の松山支店に荷受の方法を講ぜられたい旨懇請したので、同支店長であつた吉岡博はその方法として、
(イ) 現金二万四千六百円は訴外山内義利の手許よりその所有金を出させてこれを被控訴銀行松山支店の別段預金と為し
(ロ) また前記昭栄物産株式会社が取引停止となつて以来、同会社に出入して訴外山内義利に対する貸付の際には控訴人が保証していたような関係上、被控訴銀行の松山支店は右控訴人を信用していたので、右手形金のうち金六十五万円については担保として訴外山内義利振出の小切手及び控訴人振出の手形各一通を交付せしめ、
右合計金六十七万四千六百円と金額の面を値引せられた手形支払金額と一致せしめ、この現金と小切手、手形とを訴外山内義利の右減額せられた手形支払金債務の担保として前記荷為替に附帯している貨物引換証を直接荷為替手形の支払人である訴外山内義利に交付したこと、しかも右荷為替手形はいわゆるD/P式手形であつたが、本件においては品物(鯣)が粗悪であつて、速かに処分することを要する状況にあり、且つ被控訴銀行松山支店において控訴人らを信用していたため、同銀行支店の責任において便宜右のような特別の取扱をなしたものであること、そして訴外山内義利はその後まもなく右鯣の運送取扱人である日本通運株式会社松山支店より貨物引換証と引換に右鯣を荷受したのであるが、訴外山内義利はその鯣の売却換価に苦しみ、ついに値引せられた荷為替手形金の支払をなすことができなかつたので、被控訴銀行松山支店は同二十四年十一月一日ごろ訴外山内義利の右減額せる手形支払金を前記取立委任銀行である株式会社三和銀行神戸支店に対し立替支払をなし、その結果右立替金については、同二十四年十一月二十一日前記別段預金二万四千六百円を以て右立替金の一部弁済に充当することとし、且つ同日訴外山内義利及び控訴人の来店を求めて、訴外山内義利の前記立替金のうち金六十五万円の債務を担保する趣旨において控訴人をして訴外山内義利との共同振出に係る約束手形一通(甲第一号証)及び約定書(甲第二号証)、手形取引約定書(甲第三号証)を作成せしめてこれを同人より徴したものであることが認められる。乙第二号証によるも、被控訴人主張の荷為替手形の支払人及び該手形に附帯せられていた貨物引換証の荷受人は訴外山内義利ではなくして、訴外昭栄物産株式会社である旨の控訴人の主張を肯認し難く、その他控訴人の全立証を以てするも右認定を覆して控訴人の前示主張事実を首肯するには足らない。そうして右のような経緯に徴すれば、本件約束手形の振出に際し、被控訴銀行松山支店と控訴人との間には現実に金銭の授受がなされなかつたからといつて、手形振出の原因関係を欠ぐものとはいえないし、また控訴人が訴外山内義利の被控訴銀行松山支店に対する債務を保証することの単なる証拠として右手形を振り出したものでもなく、もとより手形上の債務を負担する意思なくして振り出したものでもない。また右手形行為は控訴人主張のような通謀による虚偽の意思表示とはいえないから無効ではない。よつて控訴人の該抗弁はいずれも採用しない。
(2) 次に控訴人は仮りに控訴人において本件約束手形上の債務を負担したものとしても、(イ)この手形振出当時、被控訴人と控訴人との間には右手形債務の履行方法に関し、前記山内義利の訴外愛媛無尽株式会社に対する債務を被控訴人が代払して、同債務担保のために不動産上に設定してあつた抵当権を抹消し、もつてこの不動産の価値を増大させた上有利にこれを処分し、その売得金を優先的に控訴人の債務の弁済に充当する旨の特約が成立し、しかもその際被控訴銀行の松山支店長吉岡博は控訴人に対し、決して迷惑をかけない旨を申し向けたので、控訴人は右支店長の言を信じ、右特約によつて本件約束手形を振り出したのである。しかるに被控訴人は右特約による履行をしない。したがつていきなり右手形債務の履行を求める被控訴人の本訴請求は失当である。(ロ)かりに以上いずれも理由がないとしても、本件手形は右のような事情並に前記控訴人主張事実(二)(1) において主張の事情によつて振り出されたものであるから、控訴人の右手形行為は被控訴銀行松山支店長の詐欺に因つてなされたものである。それ故本訴を以てこれを取り消す旨主張するので検討するに、
(イ) 原審証人山内賢三の証言及び原審並に当審における控訴本人の各供述によれば、訴外山内義利が訴外愛媛無尽株式会社(後に愛媛相互銀行と改称する)に対し債務を負担し、同債務担保のため右訴外山内義利の不動産に抵当権が設定せられていたことが認められ、また当審証人山内義利の証言及び原審並に当審における控訴本人の各供述中控訴人の右主張事実に副う部分があるけれども、原審証人吉岡博の証言に対比すれば、たやすく措信し難く、他に控訴人の右主張事実を肯認するに足る証拠はない。したがつてその余の点につき判断するまでもなく控訴人の右の(イ)の抗弁は到底失当として排斥を免れない
(ロ) 次に本件約束手形は控訴人の前示(二)(1) に主張のような事情によつて振り出されたものではなくて、控訴人の本件手形振出の経緯は前記(1) に認定のとおりであり、またもとより右(イ)に主張のような事実関係(但し一部を除く)も認められないこと前叙のとおりであるから、控訴人の右手形振出行為は被控訴銀行松山支店長の詐欺に因つてなされたものとは認め難い。よつて右(ロ)の抗弁もまた採用しない。
(3) 次に控訴人の時効の抗弁について検討するに、
(イ) 控訴人は仮りに控訴人が手形債務を負担する意思で本件約束控形を振り出したとするも、右は訴外山内義利の被控訴銀行松山支店に対する債務を保証するために、同訴外人において控訴人の記名をなしたものに捺印したものである。しかるに主債務者であつて本件手形の振出人である右訴外山内義利の債務は該手形の支払期日である昭和二十四年十二月二十日から三年の経過により時効によつて消滅したから、控訴人の保証債務も消滅した旨主張するけれども、控訴人が被控訴人に対して負担する債務は保証債務ではなく、立替金債務担保のため振り出された本件約束手形上の債務であること前認定の通りであるから、控訴人が保証債務を負担することを前提とする該抗弁は、その余の点の判断をまつまでもなく到底排斥を免れない。
(ロ) 控訴人は仮りに控訴人が振出人として訴外山内義利と共同して手形債務を負担する意思をもつて右約束手形に捺印したとしても、共同振出人である訴外山内義利に対する本件手形債権は前同様の時期に時効により消滅したから、共同責任者としての控訴人の手形債務もまた右時効の援用により消滅した旨主張するので検討するに、元来約束手形における共同振出人は各自が手形金額の支払をなすべきいわゆる全部的義務を負担するものであるが、その理由については、あるいは振出が商行為であるから、商法第五百十一条第一項が適用される結果連帯債務となるためであると解するものもあるけれども(大正五、一二、六大審院判決、昭和八、五、九同上参照)手形行為はその性質上独立であつて、各行為者は常にいわゆる全部的責任を負うを原則とする。この結果民商法上の連帯債務に関する規定(商法第五百十一条第一項等)は、共同振出人の手形上の債務にはその適用なく、むしろ各振出人は手形法第四十七条第七十七条第一項第四号の適用によつて合同責任を負うものと解すべきである。なお手形法第七十一条第七十七条第一項第八号が一般的に手形行為について時効の中断はその中断事由が生じた者に対してのみその効力を生ずると規定したところからも、共同振出人の責任についてのみ例外を認めて連帯債務の規定を適用することには多大の疑問がある。そうして時効を援用しうる者は時効に因り直接に利益を受くべき者を指称すると解すべきであり、また保証人も民法第百四十五条にいわゆる当事者として主たる債務に関する消滅時効の援用を為しうるものとするのは、保証債務の附従性の法理に拠るものとして首肯できるけれども、元来独立の手形行為を為した共同振出人の場合についてまで右と同様には解し難い。もつとも数個の手形債務は同一の目的のために存するものであるから、共同振出人の一人の弁済に因り全員がその債務を免がれることは勿論であるが、共同振出人の一人のためにその手形債務につき消滅時効が完成したとしても、他の振出人においては同人の時効を援用することは許されないものと解することが手形の特性上妥当というべきである。右と反対の見解に立つ控訴人の主張は採用しない。
しかして本件約束手形表示の支払場所がその宛名人にして所持人である被控訴銀行の松山支店であることは前叙のとおり当事者間に争がなく、しかも本件約束手形に関する取引が被控訴銀行松山支店の関係に属するものであることは弁論の全趣旨に徴し明白であるから、反証のない本件においては、被控訴人は支払期日に支払場所でこれを呈示し得る状態において所持し、したがつて適法の呈示手続を経たものと認めるのが相当である。してみれば控訴人は被控訴人に対し右約束手形金六十五万円とこれに対する支払期日の翌日である同二十四年十二月二十一日以降完済に至るまで金百円につき一日金四銭の割合による約定遅延損害金を支払う義務がある。それ故に右金員の支払を求める被控訴人の本訴請求は正当としてこれを認容すべきものとする。
よつて右と同一結論に出た原判決は相当にして本件控訴は理由なく、これを棄却することとし、民事訴訟法第三百八十四条第八十九条第九十五条を適用して主文のように判決する。
(裁判長裁判官 浮田茂男 裁判官 橘盛行 裁判官 白井美則)